スピーチの注意事項


スピーチの注意事項とは

結婚は、多くの人にとって一生に一度のことでり、緑あって、まったくの他人が末永く生活をともにすることを誓い合うわけですから、人生の中で、もっとも慶賀すべき祝いごとといえます。 

ですから、結婚する人を、まわりで祝福してあげるときには、「めでたい」「喜ばしい」「いつまでもお幸せに」という気持ちを込めて、ことばを選ぶことが肝心です。 

結婚に関するいろいろな事柄、見合いから、結納、婚約、挙式、披露宴などのすべてに、慣習的ないいまわしがありますので、それらを適宜応用して、さらに自分の個性を出せるようなことばを押入するのが理想的といえます。

しかし、要は、たとえどんなに論弁であったとしても、ほんとうに真心のこもったことばであるならば、それは必ず相手の胸を打つものです。

披露宴などでのスピーチは、その場の雰囲気を盛りあげために大切ですが、やはり、失礼のないように、次のようなことに気をつけて臨みたいものです。

@ 短く、簡潔に。
できれば三分以内で終わるように(媒酌人の場合は五分以内か長くて七分以内、
普通に読みあげますと、四百字詰原稿用紙一枚弱が一分前後)。

A 来賓、上司、同僚などは、前の人が述べた内容とは違うことを。

B ユーモアをまじえて、その場をくつろがせるように。

C 上品で、わかりやすく。

D 新郎、新婦の人柄を傷つけないように。

E 土地のしきたりに気を配ること。

F 忌みことばを避けること。

美辞麗句などよりも大事なのは真情

婚礼の祝辞とかあいさつは、虚心坦壊、ただ、ひたすらにしゃべればいいのです。
 
形式とか慣用語があるはずだと考え、それにしたがわなければならないと思い、しかも、自分のようなものが出しゃばってしゃべるのはどういうものだろうかと、引っ込み思案になったりしたならば、まず、話をすることはできません。
 
自分は自分でしかないと腹をくくり、あるいは自分にこだわることをやめて、新郎、新婦の幸せに思いを集中し、ひたすらに自分の心のうちを吐露する……それでいいのです。
 
今は礼節にかなっているとかいないとか、文句をつけるうるさ方は少なくなりましたし、もしいたとしたも、そういったことは気にしないほうがよいでしょう。

話は語る人の真情がこもり、その人らしさがにじみ出ていることこそが大切なのです。
 
どのような美辞麗句も、それを受ける人への愛情がなかったならば無意味です。

いや、紋切り型の常套語や美辞麗句が、話す人の真情を、おおいかくしてしまうといっても過言ではないでしょう。
 
大切なのは真情であり、新郎、新婦を視福する気持ちが、まじめな表現のものであれば、少しぐらいことばがたりなくても、いいスピーチといえるのです。

そして、そのあたたかい気持ちは、二人のために、縁起のいいことばを選ぶという配慮につながるものです。
 
適切なことばがもし見つからないとしても、少なくとも、無作法なことば……死ぬとか別れるとか……などは出ないはずです。

テーマにふさわしい話題を

「これだけはどうしてもいっておきたい」ということが、誰にでもあります。そのひとことのために、勇気をふるって、人の前に立つこともあります。
 
それぞれの真情や励ましは、その人の思想や価値観にかかわっていますので、曲げるわけにはいきません。しかし肝心のひとことが、八びとのざわめきやマナーの悪さのためにかき消されてしまう場合もあります。

″ここが話のポイント=@であることを知らせるために、何らかのショックな話題を用いることも必要です。

結婚披露宴では、料理に舌鼓を打ち、酒を楽しむのが一般的で、語り手が冗漫になる以上に、聞き手は話に集中していないと思っていたほうがいいでしょう。

そのため、自分のスピーチの時間になるまでそうとうの創意工夫をこらすべきであり、状況をふまえたスピーチは当然のことですが、時間、内容が計算されていれば、さらに聞く耳にはさわやかです。

酒脱なスピーチは、どんなにおいしい酒肴よりも快いものです。

ですから、聞き手に緊張を求める最高の手段は、語り手の臨機応変の心の動き、創意工夫に満ちた酒脱な語り口ということになります。
 
そのためには、状況をきちんと分析し、前もって用意したスピーチのテーマにふさわしい話題を、適合させる余裕がほしいのです。

なぜならば、たとえ数分間といえども、会場の耳を語り手一点にしぼらせるのですから、それくらいの努力は当然であり、語り手のマナーだと思えるからです。

具体的な話を入れる

自分が、この宴に、新郎、新婦や両家とどういうつながりで出席しているのかという立場を忘れてはいけません。
 
日本人はこれを無視してしまうので、皆同じような話になり、子どもは何人産めとか、ご主人がマージャンで遅くなっても怒らないでくださいとか、よけいなおせっかいになったり、本からのにわか仕込みで、ことわざや格言を引用して、一席お説教をぶつので、聞いていても面白くないし、ときにはあがってしまって、せっかくおぼえたことを全部忘れて、恥をかいたりするのです。
 
会社の経営者、上司、同僚の場合、視辞を述べているのか、会社の宣伝をしているのかわからない人もいます。
 
自分が小、中学校時代の友だちとして出席しているのならば、新郎、新婦の小、中学校時代の思い出を中心に話すことです。

具体的なエピソードをまじえながら、新郎、新婦をほめたたえましょう。
 
高校や大学の場合もそうですし、職場の友人ならば職場での仕事ぶりを話すのです。

それは話す人だけが知っている財産なのです。

その財産を使わなくては損です。 

よく、司会者が「新郎、新婦の悪事を暴露してください」などといいますが、とんでもないことです。
 
二人は今日のために一生懸命に準備をし、こつこつとお金をためてきたのです。

悪口をいわれたらたまったものではありません。

披露宴は新郎、新婦を中心としたショーであり、お客様はその脇役なのです。

脇役の役どころは主役の二人を引き立てることです。

誰にでもわかるように話す

″あいさつ≠ニいいますと、一方的に話すことであり、対話とは関係がないと思い込んでいる人がありますが、あいさつは、聞き手が黙っているだけのことで、基本的には対話です。
 
その証拠に、聞き手に構わず独善的に、むずかしい話をしますと、聞き手の中にはあくびをする人、眠りこける人もでてくることからでも、おわかりでしょう。
 
聞き手には、老若男女、年齢、専門などの別があり、会合の性質も多様です。

「人を見て法を説く」といいますが、黙っている聞き手の立場を尊重し、何に関心をもち、何を考えているのか、できるだけ推察します。
 
それができれば、あいさつが一方的な話にみえても、実質的には対話に近いものになります。

あいさつの最中、聞き手が膝を乗りだしてうなずき、笑い、拍手することがあります。
 
その反対に、居眠りをしたり、あくびをすることもあります。

聞き手は、このように、ことば以外の方法で反応を示しているのです。

これを無視して独走してはいけません。
 
あいさつを述べるときに、ことばを選ぶのは当然ですが、できるだけ平明なことばを選ぶのがよいでしょう。
 
昨今は、やたらと外国語をまじえる人がいますが、そのために話の内容がわかりにくくなる場合もありますので、できるだけやめましょう。

また、正確な発音で、聞き手に伝わることにも配慮すべきでしょう。
 
よく準備されたあいさつは、ことばづかいがていねいであり、美しさを感じることがあります。

スピーチを頼まれた立場を理解する

媒酌人のあいさつには、一つのパターンがありますが、来賓などの祝辞については決まった形式はなく、むしろ、その人個人のもち味がにじみ出るような話し方のほうが、強い印象をあたえるものです。
 
ひと口に来賓といっても、その立場はさまざまで、家庭との親交から招かれたもの、先輩、友人、師弟関係など、無数の関係がありますが、結婚を祝福するという共通の意思は貫かれているものです。
 
しかし、その人の思想や社会的立場によって、話の中身はずいぶん違います。

けれども身近な職業を通じての立場から視福されるのは、受ける側にとっても、理解しやすいものといえましょう。
 
たとえば、新郎、新婦の勤務先の経営者は企業家らしいことばで述べ、両親の知人、友人の場合は、友情というものは親同士のものだけではなく、親をとおしてその家庭におよんでいるものですから、友人の子どもの結婚にも、ひとしおの感慨をもって述べましょう。

師弟関係のあいさつは、とかく説教になりやすいものですが、くだけた口調で語りかけ、師弟の親しみがあふれたあいさつをすれば、好感がもたれます。
 
先輩、友人、同僚の場合、ただ親愛の情を示そうとするあまり、いわなくてもよいすっぱ抜きを披露してしまう人もあります。

満場の哄笑を誘うことで、宴をなごやかにしたと思い込むのでしょうが、そのために、ほかの方の祝辞の真実性を疑わせる結果を招くことを考えれば、話題については、十分に気をつけて、あいさつすべきでしょう。
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